現在JavaScriptの設定が無効になっています。
すべての機能を利用するにはJavaScriptの設定を有効にしてください。JavaScriptの設定を変更する方法はこちら。
すべてのカテゴリ
現在位置: オークショントップ > ホビー、カルチャー > 美術品 > 絵画 > 日本画 > 山水、風月
このオークションは終了しています
美術館グッズ ピンズ 絵手鑑 富士山(酒井抱一)
即決1,300円
美術館グッズ マグネット 絵手鏡 富士山(酒井抱一)
即決1,050円
美術館グッズ A4版ダブルクリアファイル 絵手鏡(酒井抱一)
即決1,200円
美術館グッズ A4版ダブルファイル 絵手鑑(酒井抱一)
美術館グッズ マグネット 絵手鏡 竹雀図〈部分〉(酒井抱一)
即決1,000円
美術館グッズ マグネット 絵手鏡 南瓜(酒井抱一)
即決1,100円
美術館グッズ ピンズ 絵手鑑 蓮池に蛙図(酒井抱一)
即決1,350円
美術館グッズ マグネット 絵手鏡 蓮池に蛙図〈部分〉(酒井抱一)
即決1,150円
美術館グッズ A4版ダブルクリアファイル 四季花鳥図巻(酒井抱一)
美術館グッズ マグネット 十二か月花鳥図のうち三月(酒井抱一)
即決1,250円
美術館グッズ マグネット 十二か月花鳥図のうち一月(酒井抱一)
美術館グッズ マグネット 桜に小禽図〈部分〉(酒井抱一)
即決700円
美術館グッズ マグネット 四季花鳥図巻〈部分〉(酒井抱一)
即決800円
美術館グッズ マグネット 花鳥十二ヶ月図 菊に小禽図〈部分〉(酒井抱一)
美術館グッズ マグネット 白蓮図(酒井抱一)
【色紙画/色紙書】酒井抱一:筆 原寸大複製画 『八鶴図』 静嘉堂文庫美術館蔵 パケット可 L1229O
現在1,280円
美術館グッズ ダブルチケットファイル 花鳥十二ヶ月図(酒井抱一)
即決950円
rarebookkyoto L989 酒井抱一展 姫路市立美術館開館記念 1983 姫路市・姫路市立美術館・神戸新聞社主催 展示会 図録
現在6,600円
美術館グッズ マグネット 秋草鶉図〈部分〉(酒井抱一)
春画枕絵画作品15000枚DVD浮世絵美人画/影響人物画幽霊遊女有名人雪浴衣遊郭雪景色歴史人物葛飾北斎19世紀切手外国人美術館江戸百景絵の具
即決3,000円
Rarebookkyoto 肉筆浮世絵美人画展 1983年 富士美術館 菱川師宣 歌川広重 葛飾北斎
現在2,750円
【処分価格】◆ 池大雅 『文人画 』◆検)伊藤若冲 円山応挙 谷文晁 富岡鉄斎菱川師宣 葛飾北斎 春画 狩野派 宮川春信 酒井抱一 渡辺崋山
即決25,500円
【真筆】★谷文晁 書状 消息★ 検)伊藤若冲 伊東深水 酒井抱一 葛飾北斎 頼山陽 渡辺崋山 田能村竹田 池大雅 菱川師宣
即決25,000円
【模写】吉】10660 酒井抱一・谷文晁 富士画賛 江戸琳派の祖 尾形光琳師事 茶掛け 茶道具 書 掛軸 掛け軸 骨董品
現在11,000円
【洛座】【模写】掛軸 高級美術工芸 限定版 酒井抱一 秋草冬蛙虫図 抱一筆 <琳派 ◆e410
現在22,000円
模写/江戸期/酒井抱一/「鯛車と戌 郷土玩具」/日本画/掛軸/掛け軸/絵画/絹本/作家物/合箱付/骨董/古美術/美術品/時代物/琳派
現在15,000円
酒井抱一 江戸時代 掛軸 日本画 琳派の祖 江戸後期絵師 古美術
現在20,000円
【美術展チラシ】『尾形光琳と琳派』酒井抱一 鈴木其一 日本画◆美品
現在900円
『江戸絵画の華【第1部】若冲と江戸絵画【第2部】京都画壇と江戸琳派』三つ折りチラシ&出品目録 出光美術館 プライス・コレクション
現在500円
【美術館級】◆田能村竹田 『船窓水戯』画帖◆検)谷文晁 渡辺崋山 渡辺省亭 伊藤若冲 春画 菱川師宣 富岡鉄斎 酒井抱一
即決135,000円
美術館グッズ A4版クリアファイル 動物綵絵 向日葵雄鶏図(伊藤若冲)
美術館グッズ A4版ダブルクリアファイル 動物綵絵(伊藤若冲)
美術館グッズ A4版ダブルクリアファイル 動物稙絵(伊藤若冲)
[砂絵] すなえであそぼう 葛飾北斎「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」スタンド付 /送料無料 東京富士美術館 クリスマス年末年始 お子様と一緒に
美術館グッズ マグネット 老松白鳳図(「動物稙絵」より)(伊藤若冲)
美術館グッズ トートバッグ 動物綵絵 向日葵雄鶏図(伊藤若冲)
即決6,500円
巧芸 葛飾北斎 有名浮世絵師 白梅図 絹本軸装 ネルソン・アトキンス美術館蔵 アイ・イー・アイアートギャラリー発行 1991年 掛軸 書画
即決7,000円
美術館グッズ A4版ダブルクリアファイル 浮世絵(葛飾北斎・歌川広重)
1,000円
いくらで落札できるか確認しよう!
Yahoo! JAPAN IDがあればすぐできる!!
Yahoo! JAPAN IDをお持ちの方
※ ログインするとYahoo! JAPAN IDに登録中の地域を表示できます。
※この画面で地域を変更しても保存されません。
* * * * * さん
この出品者の過去24時間の新着商品が500件以上あるため、通知設定はできません。
「まとめて通知」がおすすめ
過去24時間に件の商品が出品されているため、「すぐに通知」だと大量の通知が届く可能性があります。
Yahoo!オークションの新しい買い方(外部サイト)
借りられる額が事前確認可Tポイント付きネットオークションローン
Yahoo!オークションで使える銀行ローンネットキャッシング
本出品作、酒井抱一「富士に岩松図」の元絵となったものは、白井華陽編『画乗要略』巻四(天保三年(1832)刊)に抱一と全く同じに「法光琳」と形容された光琳派の絵師、中村芳中の『光琳画譜』(享和二年(1802)刊)に掲載された「富士に松図」(参考画像参照)の元絵である光琳画(現在散逸)であると見て間違いないでしょう。
抱一が浮世絵美人画ばかりを描いていた天明年間(1781~1788)から寛政年間(1789~1800)にかけての時期の寛政十一年(1799))に大坂の文人画家で光琳派の中村芳中が大坂から江戸に移住して来ました。
中村芳中の江戸滞在は3年ほどであったとされますが(仲町啓子「隠棲の理想に憧れてー光琳を見つけた転換期」(『別冊太陽・江戸琳派の粋人・酒井抱一』)、その間、芳中は江戸の多くの文化人と交友関係を築き、抱一とも交友しました。芳中は享和二年(1802)に前記の『光琳画譜』を刊行しますが、その巻頭に、本出品作、酒井抱一「富士に岩松図」と酷似した「富士に松図」(参考資料⑦)を掲載しています。但し、芳中の当該図画は光琳の元絵を芳中なりに消化して描いており、『光琳画譜』は木版画によるものなので、画風、マチエール、ディテールは本出品作と同一ではありません。しかし、芳中が『光琳画譜』を出版するにあたって、多くの蒐集された光琳画を江戸に持ち込んでいたことは想像に難くありません。そしてさらには、芳中と抱一は『光琳画譜』の刊行前から交友していたわけですから、抱一は芳中の江戸に持参した光琳の原画を見ていたはずです。その際、抱一は芳中から光琳の琳派に関する様々なレクチャーを受け、それに触発されること大であったとされています(仲町啓子前掲論文)。従って、本出品作、酒井抱一「富士に岩松図」は、芳中持参の光琳自筆原画を元絵として描かれたものでしょう。そして、抱一が光琳に惹かれて、光琳を敬愛する琳派風の絵を描き始めるきっかけとなったのも、この時の芳中との交友がきっかけであったと考えられます(仲町啓子前掲論文)。
その際に、抱一が最も惹きつけられたのが、光琳画のたらし込みという琳派の代名詞である技法であったことが、抱一がこの時期、すなわち琳派風の絵を描き始めた時期の絵に過剰とも思えるほどの「たらし込み」が使われており、たらし込み技法の修得に試行錯誤している様子が見てとれることからも分かります。
宗達や光琳に代表される「琳派」の伝統的な「トレードマーク」となっている技法である「たらし込み」ですが、これは墨色や緑系色、茶系色などの顔料に水を多めに含ませ、木肌や岩や草花などに、「にじみ」による独特な濃淡の模様を作り出し、「琳派」の装飾性と相まって、立体的な対象の描写を可能にした世界的にも有名な琳派独特の画法です。
この琳派の伝統描法において、草花や岩木に使用される緑系色などの「原色系の色」は「1種類の色」を使用するのが伝統的な「決まりごと」=「型」でした。狩野派や土佐派に粉本という様式的な「決まりごと」=「型」があるように、琳派においても、琳派系統の絵手本等で示される様式的な「決まりごと」=「型」が存在していたわけです。具体的には、「決まりごと」=「型」としてのたらし込みでは、水を多めに含ませた水墨を画面に置き、その水墨の表面水分が乾かないうちに緑青一色を上から垂らします。
ところが、本出品作品、酒井抱一「富士に岩松図」では、この琳派の伝統的な「たらし込み」の「型」(定型化した決まり事)の描法が、その「型」を破るように新たに改革されて、松の木肌や岩、特に岩の表現に顕著なのですが、なんと緑青(ろくしょう)と白緑(びゃくろく)の2種類の緑系統の色がコントラストをなすように使用されています。
抱一はこの出品作品「富士に岩松図」において、琳派の伝統的でパターン化した「たらし込み」を超えて、岩の色面に緑青と白緑の2種類の緑系色を使うことで、「岩」に多彩でより存在感と深みのある本出品作品独自の「幽玄性」(抱一は謡曲や和歌の知識と技巧に秀でていました)のようなものを与えることに成功しています。これは、従来的な「たらし込み」の表現の限界を巧みに乗り越え、革新的でイノベーティブな「たらし込み」技法を確立した瞬間であるように思えます。
本出品作品「富士に岩松図」に見られる上記のような琳派「たらし込み」の革新的描法は、抱一の他の作品では、「円相に寿老図」「四季草花図」での「たらし込み」にしか見られません。この「円相に寿老図」「四季草花図」は酒井抱一の最晩年の作品で、本出品作品「富士に岩松図」も、この「円相に寿老図」「四季草花図」と同時期の製作つまり抱一最晩年の時期の作品であると想定するのが描法の一致から自然であると思われます。
抱一は最晩年に、上記のような琳派の常識を打ち破る全く新たな革新的「たらし込み」技法の境地に到達したものと考えられます。前記の中村芳中が持参した光琳自筆原画を抱一が初めて見たのは、抱一が光琳に触発されて光琳風の絵を描き始めた抱一壮年期だったと思われますが、芳中が江戸を離れてからも抱一は光琳の研究を続けて、江戸近郊の寺々や京、大坂での光琳画調査をしていて谷文晁は、そのような抱一のことを「光琳作品を最も好み、眼にする度に必ず手控える人」(『尾形流略印譜』序文)と記しています。
従って、本出品作「富士に岩松図」も、晩年に再度目の当たりにした光琳自筆原画を前に製作されたものと考えても全く事実に矛盾しないのです。
この琳派のトレードマークとも評される「たらし込み」の抱一による革命が、この度発見され、しかも、その革命の到達点を示す現存作品が世界で僅かに2点しかなく、その意味で本出品作品、酒井抱一作「富士に松岩図」の出現は、世界の美術史上でも大きなエポックメイキングであることは、間違いありません。
酒井抱一とは、単なる光琳のフォロワーや琳派の継承者ではなく、琳派の革命児であったことが本出品作品「富士に岩松図」によって初めて明らかとなったのですから、その美術史的価値・市場価値は計り知れないものがあります。
そして、実は本出品作品の出現によって発見された抱一による琳派史上に残る「たらし込み」革命には、伏線が有ったことが今回の調査によって明らかにされました。
1)一つ目は、光琳の代表作「八橋図屏風」の抱一のオマージュである酒井抱一作「八橋図屏風」です。
この抱一版「八橋図屏風」は、光琳版の模写と一般にされていますが、実は重要な点が違っています。
光琳の「八橋図屏風」が、杜若(かきつばた)の葉を緑青一色のべた塗りで描くのに対して、抱一の「八橋図屏風」は杜若の葉を緑青と白緑の2色によって描出されています。これによって、抱一「八橋図屏風」は、光琳版とは違う変化とリズムが表現されています。
2)二つ目は、文政四年(1821)秋から同五年(1822)頃に製作された抱一晩年の代表作である「夏秋草図屏風」(東博蔵、重文)です。
この二曲一双の屏風は、元々は光琳の「風神雷神図屏風」の裏面として製作されたものであったことが本屏風の修復の際に発見された抱一による下絵と書付けから明らかになっています。
本図をよく見ると、右隻の雷神によって降らされた雨に濡れて、その裏面で少し萎れたような全体に右向きの曲線を描く夏草は、ほぼ50:50の割合で草葉の表を緑青で、草葉の裏を白緑の2色で描き、互いに交差するその2つの色が一定のリズムを刻んでいます。
また、左隻の風神の裏面の秋草は風神の吹く風(野分)に吹き飛ばされながら、葛の葉の表の緑青色と葉裏の白緑色が交互に翻りながら、2つの色の葉が、これも色のコントラストによるリズムを秋風の風情と共に刻んでいます。
3)三つ目は、「夏秋草図屏風」の表に描かれて、抱一が光琳作品の中でも最大の敬意を抱いていた光琳画「風神雷神図」が、雷神図のヒレの描写において、その表裏の色使いが表を緑青で描き裏面を白緑で描いていることです。光琳が手本とした俵屋宗達の風神雷神図の雷神図のヒレの描写では表を黒、裏を白で描いているので、光琳が宗達の色使いを完全に変えていることが分かります。この点は、抱一も宗達の風神雷神図をも研究していたので、光琳が、宗達本の色使いを緑青と白緑に変更している点に光琳研究上の注意を向けたはずで、その研究結果としての結論に到達したので、抱一自身が描いた風神雷神図においてもヒレの表裏の色として表を緑青とし裏面に白緑を用いているわけです。(参考資料②)
1で光琳そのままからの脱却を見せた抱一の緑青と白緑の2色を用いたコントラストによる描法は、2の「夏秋草図屏風」の葉表の緑青色と葉裏の白緑色の2色の使用効果で生き生きとした存在感を示す草葉の描法となって、抱一が晩年に到達した画境として昇華したものと言ってよいでしょう。
そして、3の点が最も重要で、抱一は長年の光琳研究の中で、光琳が宗達の黒と白の配色を緑青と白緑の配色に変更したところに光琳画の真髄が込められており、この2色のコントラスト、緑青/白緑にこそ、光琳画の奥義が存するものと判断した可能性があります。
何故なら、自ら主催した光琳百回忌の展観において光琳追福供養のために描き京都の妙顕寺に奉納した「観音像図」の「因製此像以修其冥福 末弟 抱一暉真薫沐勤写」とその趣意が厳かに記された光琳画の中心的な草花が生けられた花瓶には緑青と白緑の2色が使用されています。(参考資料③)
抱一が光琳画の真髄と奥義を緑青/白緑2色の対照性にありと読み取ったものであることが、この「観音像図」の花瓶すなわち光琳追悼の旨が記述された花瓶に上記の2色が明らかな意図をもって配された点から明確に知られます。
そして、この上記1~3の緑青/白緑2色へのこだわりが、さらに、最晩年の本出品作品「富士に岩松図」および「円相に寿老図」「四季草花図」の「たらし込み」において、緑青色と白青色の2色を使用するという琳派の常識を覆す全く新しい「たらし込み」描法の革命的な発想へと発展したことは間違いないことであると結論付けられます。
上記の抱一による琳派「たらし込み」革命という美術史上のエポックメイキングな「事件」を裏付けるエビデンスは、世界的にも抱一「円相に寿老図」「四季草花図」と本出品作品「富士に松岩図」の3点の作品の他に有りません。
本出品作品、酒井抱一「富士に岩松図」の有する美術史および美術市場の計り知れない稀少価値を指摘せざるを得ない所以です。
あるいは、玉蟲敏子氏が既に指摘しているように、抱一は伊藤若冲のモノクロームの拓版画帖作品である『玄圃瑶華(げんぽようか)』(明和五年(1768)、花虫図四十八図)のうち十一図を抱一作の画帖『絵手鑑』のなかで模写的に彩色画にしている(玉蟲敏子『酒井抱一ー生涯と作品』)
玉蟲敏子氏は、抱一による若冲画摂取の経緯を「上方との交流」の成果として見ているが(玉蟲敏子氏前掲書)、その可能性は非常に高い。
抱一は天明元年(1781)と寛政九年(1797)の二度にわたって上方(京、大坂)に旅している。1回目は抱一21歳の時であり若冲66歳、2回目は抱一37歳、若冲82歳である。
奇しくも2回目は、抱一、若冲ともに仏門の僧侶であり、同時に当代の文化人であった。若冲はこの時、火災に遭った相国寺から離れ石峰寺に庵を構えており、まだ存命であった大坂一大文化サロンの当主の木村蒹葭堂の社交場に出入りしていた。文人でもあった抱一が木村蒹葭堂を知らないはずもなく、抱一もまた、この際に木村蒹葭堂のサロンの輪の中に入ったものと思われる。抱一はおそらくこの際に木村蒹葭堂を介して若冲画に魅了され、あるいは若冲その人と出会っている可能性もある。抱一『絵手鑑』は、文化年間(1804?1817)頃から製作され始めたと考えられているが、であれば、抱一は上方で若冲の直接的な影響を受け、江戸に戻ってから入手した若冲の『玄甫瑶華』を彩色画化したものと考えるのは自然である。抱一による『玄甫瑶華』彩色画は、若冲画の色使いなどの修得を想定せざるを得ない。
若冲もまた、緑青と白緑のコントラストの巧みな使い手であり、葉(緑青)の葉脈を描く際に必ず白緑を使用するなど、意図的に上記の2色のコントラストを画面上に多用していた。(参考資料⑨)
すなわち、抱一の緑青と白緑2色のコントラストによる色面構成やその「たらし込み」への応用は、若冲からの影響による可能性も否定できないのである。
抱一の緑青、白緑2色コントラストによる革命的な「たらし込み」の新たな発明は、光琳か若冲か、という二者択一ではなく、おそらく、両者からの影響の合成によって成立したものであると考えるのが、現実的かつ実態的であろう。
酒井抱一(さかい ほういつ、1761~1829)
江戸琳派を代表する江戸時代後期の絵師、俳人。1761年、姫路藩主・酒井忠恭の孫として神田小川町に生まれる、文武両道の家風の中、幼い頃より多種多様な絵画と接する。
光琳を思慕し、その表現を独自に咀嚼していった。俳諧と画作のほかにも、工芸品のデザイン、出版などを手がけ、1815年の光琳百年忌には、法要を営み、光琳遺墨の展覧会を開催している。雨華庵と名付けた根岸の庵居での晩年は、代表作を次々と制作し、かつて離反した大名社会からも高い評価を得た。時の文化人、一橋治済からの依頼により光琳の「風神雷神図屏風」の裏面として制作したのが、畢生の大作「夏秋草図屏風」(19世紀)である。
尾形光琳に私淑し琳派の雅な画風を、俳味を取り入れた詩情ある洒脱な画風に翻案し江戸琳派の祖となった。
引用・参照:https://bijutsutecho.com/artists/144
サイズ:全体(約189センチ×約56センチ)絹本(約104,5センチ×約43,5センチ)
状態:当時物ならではの経年劣化あり
●時代相応の擦れや汚れ、シミ、絹本ならではのダメージ等もありますが、とても雰囲気のあるお勧めの品です。なお、画像では分からないものや説明しきれてない汚れや傷みがある場合もありますが、時代を経た古い物だということを御納得の上、ご入札下さい。
●フラッシュや状態がわかるための撮影の関係で画像の色彩と実際の色彩は多少異なる場合がございます。その旨ご理解下さいますようよろしくお願い致します。
【お取引について】
●入札について
注1)新規評価の方はご入札事前に連絡をお願い致します。又、悪い評価の多い方、入札に関して不安を感じる方、他の入札者の妨げになると見なされた行為をされた方の入札に関しましては、事前連絡が無く入札が確認され次第、入札を取消させて頂きます。予めご了承下さい。
注2)希望価格と大きく隔たりがある場合等、出品を取下げさせて頂く事がございます。
注3)商品には万全を期しておりますが、商品説明に記載漏れが有る場合もございます。ご不明、ご不安な点など御座いましたらご入札頂く前に遠慮なくご質問いただければ幸いです。よくご検討頂き、ご納得の上でのご入札をお願いします。
注4)「真筆」「真作」「本物」の記載ない作品は、模写品とさせて頂きます。ご理解ある方のみ入札お願い致します。
●落札後について
注5)落札後は24時間以内のご連絡と2日以内のご入金をお願い致します。鑑定に出される際も、同じくお願いします。落札後1日以上経ってもご連絡ない場合及び、2日以内にご入金なき場合は、「落札者様都合によるキャンセル」とさせて頂きます。その際、システムから自動で「非常に悪い」の評価がつきますので予めご了承下さい。
注6)入札・落札後のキャンセルは出来かねます。キャンセルをする場合は、ヤフー手数料8.8%を申し受けます。キャンセルをする場合は、次週に再出品し、落札された価格との差額を申し受けます。事前の相談なくご入金が遅れた場合はキャンセルとみなす事がございますので、ご注意下さい。
注7)落札後のご質問、値引き交渉はお受けしておりません。
注8)ご入金確認後、1日~3日での発送になります。(通常のお取引スケジュールをご確認下さい)
注9)配送に関して、配送事故補償のない配送方法には対応致しませんので予めご了承下さい。(定形外郵便、メール便等の対応は出来ません)万が一の不着や破損等につきましては、当方では一切責任を負えませんのでご了承下さい。
注10)額・共箱・ガラスケース等の付属品の不具合や破損に関しては保証致しません。入札は商品のみとなります。
注11)実際の梱包サイズが小さくなる等になっても差額分のお返しはできません。但しサイズが大きくなった場合等の差額は購入者様に請求することはございません。
注12)領収書は対応できません。
注13)真筆で出品しております作品について、万一公定鑑定機関にて贋作と判断されましたら、ルールに従って、返品受け入れ後、速やかにご返金致します。なお、鑑定するにあたっての、鑑定料、交通費、その他の経費は落札者ご自身の負担になります。鑑定についての保証期間は落札日後10日とさせて頂きます。
注14)落札商品をお受取になられましたら、早急に御確認頂きまして受取処理(ナビ連絡の受取完了ボタンを押して下さい)を必ずお願いします。鑑定に出される際も、同じくお願いします。
●通常のお取引スケジュール例(4月1日落札と仮定した場合)
4月1日落札
↓
(4月2日朝7時までに入金確認できた場合)4月2日発送・発送連絡
↓
(翌日配達可能地域の場合)4月3日到着
↓
4月3日受取連絡
↓
4月3日取引完了
※※【重要】※※
1)御入札・御落札頂きました際には、上記内容全てにご賛同頂いているものとさせて頂きます。
2)スムーズなお取引ができる方(落札時の取引情報の入力、 落札代金のお支払いや商品受け取り時の受取連絡)を速やかに行える方のご入札をお願い致します。
(2023年 2月 9日 11時 44分 追加)
【追記】
本商品の「タイトル部分」や【商品説明】欄に書き忘れましたが、本出品作品、酒井抱一「富士に岩松図」は「真作保証品」になります。
また、本出品作品のヤフオクへの再出品は今回が最後となります。
こちらは非常に高価値な作品になりますので、落札をご検討の方は、この最後の機会をお見逃しのないよう申し添えさせて頂きます。