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三十六歌仙・紀友則の和歌・公卿・従三位・下冷泉家第四代・下冷泉為豊・自筆「百人一首」出雲藩主/松平治郷の正室/方子/旧所蔵/和歌番号33

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商品の情報

現在価格
: 

23,000円

(税0円)

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入札件数 :  1 入札履歴

詳細情報

個数
:  1
開始時の価格 :  23,000 円
落札者 :  X*i*O*** 評価:976
開始日時 :  5月 24日(金) 21時 37分
終了日時 :  5月 26日(日) 21時 36分
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早期終了 :  あり
自動延長 :  あり
オークションID :  l522532937
商品の状態 :  目立った傷や汚れなし
返品の可否 :  返品可
1558701425 1558874194

出品者の情報

出品者 sincerity1030 ゴールド
評価 683684 - 1)
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  • 三十六歌仙・紀友則の和歌・公卿・従三位・下冷泉家第四代・下冷泉為豊・自筆「百人一首」出雲藩主/松平治郷の正室/方子/旧所蔵/和歌番号33_画像1
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三十六歌仙・紀友則の和歌・公卿・従三位・下冷泉家第四代・下冷泉為豊・自筆「百人一首」出雲藩主/松平治郷の正室/方子/旧所蔵/和歌番号33_画像1

商品説明

自筆「百人一首」のうち、三十六歌仙・紀友則(きのとものり)の和歌

室町時代の公卿・従三位・下冷泉家第四代の当主・下冷泉為豊・自筆「百人一首」

出雲藩主・松平治郷(不昧公・ふまいこう)の正室・方子・旧蔵

元々は、茶会の「茶掛」として掛軸に表装されておりました。

不昧家伝来の和歌を海外展示の際に「額縁」に装丁されたものです。

自筆下部の印は、出雲藩主・松平治郷と正室「方子(よりこ)の落款

「ちらし書(がき)」
「百人一首」の和歌は、一般的には一行書、または二行書で、それ以外を「わかち書」または、「ちらし書(かき)」という。 自筆は、茶道の「茶掛」として飾ることを前提に、色彩が豊かで絵画的な和歌をより美しく見えるように文字をちらして配置した「ちらし書(がき)」の技法を用いております。室町時代の京都・下冷泉家第四代当主・従三位・下冷泉為豊の公卿らしい堂々とした風格のある書風で、かつ流麗でなめらか書体で、文字全体をバランスよく、配置したうえで、それぞれの和歌を心象を投影するように文字をより美しく絵画的に見えるようい象徴的に表現しております。元々は室町時代に茶道が広まり和歌を記した小倉色紙を茶室に飾ることが流行してから出現したもので、古い時代の「茶掛」の伝統を受け継いだ自筆として海外において広く知られております。


室町時代の下冷泉家第四代当主・従三位・下冷泉為豊と不昧公・正室・方子については下記「説明欄」に記載

出品した「百人一首」自筆の内容(原文の読み下し文)は次の通りです。


「紀友則(きのとものり)」

「久(ひさ)かた(方)のひかり(光)のとけきはる(春)の日に 

            しつ心なくはな(花)のち(散)るらん」 


(文責・出品者)
「原文の読み下し文」は、読みやすいように「通行訳」としております。


出品した「百人一首」自筆の内容(原文の現代語訳文)は次の通りです。


「紀友則(きのとものり)」


「日の光がのどかにさしている春の日に、

            落ち着いた心がないので桜の花が散っているのであろう。」


現代語訳の出典:「小倉百人一首」鈴木日出男(東京大学名誉教授)

備考1:三十六歌仙の一人「紀友則(きのとものり)」は、宮内少輔紀有朋の息子。紀貫之の従兄。四十代半ばまで無官のまま過ごし(後撰集)、寛平九年(897)、ようやく土佐掾の官職を得る。翌年、少内記となり、延喜四年(904)には大内記に任官。歌人としては、寛平三年(891)秋以前の内裏菊合・是貞親王家歌合、同五年以前の寛平御時后宮歌合などに出詠。壬生忠岑と並ぶ寛平期の代表的歌人である。延喜五年(905)二月二十一日、藤原定国の四十賀の屏風歌を詠んだのが、年月日の明らかな最終事蹟。おそらくこの年に、「古今和歌集」の撰者に任命されたと推定されている。古今和歌集集に48首収録。その数は紀貫之・凡河内躬恒に次ぐ第三位にあたる。


「額縁入原本」


(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)
原本下の印は、出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室・方子の落款(印譜)。

「自筆原本」



(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。) 室町時代の京都・冷泉家の公卿らしい従三位・下冷泉為豊の品格のある書の勢いと速さを確認することができる。
公卿・従三位・下冷泉為豊のなめらかで、堂々とした風格の書体は、茶室の雰囲気を重厚なものにさせた。


「参考資料・Ⅰ」
(1)・下記左右3枚の写真のうち、右端の写真は、「百人一首」の表紙)

中央、左端の写真は表紙の拡大。左下の花押は、「下冷泉為豊」の花押

左端押印、上から仙台藩医「寿禎」2段目は、幾千姫(玉映)、下は「方子」の落款

(2)・上の写真2段目の右端は、「公卿辞典」

(3)・中央は「公卿辞典」のうち室町時代の「下冷泉為豊」の系図(404頁)

(4)・写真左端は、「下冷泉為豊」の経歴(405頁)


「参考資料・Ⅱ」
(1)・下記3枚の写真のうち、1段目の写真は、仙台藩主・姫君の嫁入道具。黒棚・厨子棚・書棚で「源氏物語」が調度品として置かれた。【宇和島伊達保存会所蔵】

この嫁入道具は、方子が出雲藩主の正室として嫁入の際に持参し、江戸藩邸(赤坂)で用いていたと推定されている。(現存していない。)方子は、室町時代の公卿・従三位・下冷泉為豊の書を手本として、文机(ふづくえ)で「百人一首」を書き、左端の書棚の上に置いていたものと推定される。「百人一首」の書体は優雅で品格があり、書き終えた「百人一首」は、上の写真の棚に置かれていることを想像すると雅(みやび)な大名家の子女の姿が想像される。



(2)・上から2段目の写真は、「百人一首」を所蔵し鑑賞していた頃の邸跡
上の写真のうち下段の写真は、方子が生活していた松江藩江戸屋敷の上邸跡。
写真は、東京・青山通りの沿いの「衆議院議長公邸と参議院議長公邸」の一帯、1万1942坪が、方子の住んでいた邸跡。右の建物が衆議院議長公邸、左が参議院議長公邸。
両公邸には、現在、「松江藩上屋敷跡」の案内板があり、そこに江戸時代、方子が室町時代の公卿・従三位・下冷泉為豊・自筆「百人一首」を鑑賞していたころの松江藩松平家の上屋敷があった。出雲藩主・松平治郷(不昧公)の正室「方子(よりこ)」は、仙台藩・第六代藩主伊達宗村の娘であることから、仙台藩から出雲藩主の正室として嫁入の際に持参し、江戸藩邸(赤坂)で、書のたしなみの手本の原本として大切に保存したいたものと推定されている。方子が、室町時代の公卿・従三位・下冷泉為豊の書を参考にしながら、自ら「百人一首」を書いている方子の姿が想像できる。海外展示の際には、原本のかたわらに上の写真が参考資料として掲示されておりました。現在の東京の中心部に位置した広大な邸の中で方子が、仙台藩主の娘として、また不昧公の正室として優雅で気品ある生活を営みそうした中で、室町時代の公卿・従三位・下冷泉為豊・自筆「百人一首」を鑑賞していたものと推測されている。実際、方子・自筆「百人一首」の現存している。下冷泉為豊・自筆「百人一首」の書体は、堂々として風格があり、同時に優雅で品格があり、下冷泉為豊・自筆「百人一首」を、上の写真の棚に置かれていたことを想像すると雅(みやび)な大名家の正室の姿が想像される。

(3)・上から3段目の写真は、額縁裏面ラベル


「参考資料・Ⅲ」
三十六歌仙・紀友則(きのとものり)


出典・財団法人小倉百人一首文化財団・所蔵



筆者の室町時代の公卿・従三位・下冷泉為豊と旧・所蔵主の不昧公の正室・方子(よりこ) 出品した「百人一首」を書いた室町時代の公卿・従三位・下冷泉為豊(永正元年【1504~?】)は、下冷泉家当主の四代目である。公卿・従三位・下冷泉為豊・自筆「百人一首」を所蔵していた松平治郷の正室・方子(よりこ)は、伊達宗村(仙台藩の第6代藩主)の娘である。宝暦2年(1752)1月16日~文政12年(1829)10月13日。方子は、せい(靑に彡)楽院ともいう。
来歴について せい(靑に彡)楽院(不昧公正室・方子)の生家である仙台藩から同藩の藩医・木村寿禎の家に伝来したものである。書かれた来歴が克明にわかる貴重な「百人一首」である。
ちらし書きについて 「百人一首」の和歌は、一行書、または二行書で、それ以外を「わかち書」または、「ちらし書(かき)」という。 今回出品した自筆は、掛軸として飾ることを前提に、色彩が豊かで絵画的な和歌をより美しく見えるように文字をちらして配置した「ちらし書(がき)」の技法を用いている。
室町時代の公卿・従三位・下冷泉為豊の京都・冷泉家の公卿らしく歌の微妙な感情を和歌の「文字」に投影して配置したうえで、文字をより美しく絵画的に見えるようい象徴的に表現した。元々は室町時代に茶道が広まり和歌を記した小倉色紙を茶室に飾ることが流行してから出現したもので、古い時代の「茶掛」の伝統を受け継いでいる。
寸法 「百人一首」自筆の大きさ タテ27.0センチ ヨコ19.0センチ。 額縁の大きさは タテ40.0センチ ヨコ30.0センチです。
額縁は新品です。

筆者の分析について 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさなどの筆勢によって識別する方法が一般的となっている。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析している。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行う。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでいる。
剥離痕について 出品の自筆「百人一首」は、掛軸に表装されて主に茶会の「茶掛」として鑑賞に用いられていたため、掛軸や屏風などに複数回表装し直された痕跡を示す「剥離痕」が確認されている。
自筆の保存維持管理の関係で「額縁」に表装しているが、元の状態の掛軸に戻すことが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を用いている。
ホームページ 出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。
ツイッター「源氏物語の世界」 も合わせてご覧ください。


不昧公 公卿 肉筆 保障 保証 真筆 真筆 親筆 古筆 本物保証 本物保障 室町 掛軸 掛け軸 自筆 天皇 茶道具 宗鑑 良寛 伝来 歌仙 極め 極札 極め札 鑑定

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