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室町時代・天文12年(1543)「和泉式部日記」伏見宮貞敦親王・自筆・冷泉天皇の美貌の皇子との和泉式部の愛の和歌の贈答 37-1

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商品の情報

現在価格
: 

23,000円

(税0円)

残り時間 :  終了 詳細な残り時間
入札件数 :  0 入札履歴

詳細情報

個数
:  1
開始時の価格 :  23,000 円
落札者 :  なし
開始日時 :  11月 4日(月) 21時 31分
終了日時 :  11月 10日(日) 21時 31分
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早期終了 :  あり
自動延長 :  あり
オークションID :  b418915065
商品の状態 :  目立った傷や汚れなし
返品の可否 :  返品可
1572870691 1573389091

出品者の情報

出品者 sincerity1030 ゴールド
評価 687688 - 1)
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商品発送元地域 宮城県

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室町時代・天文12年(1543)「和泉式部日記」伏見宮貞敦親王・自筆・冷泉天皇の美貌の皇子との和泉式部の愛の和歌の贈答 37-1_画像1

商品説明

室町時代・天文12年(1543)「和泉式部日記」

伏見宮貞敦親王(ふしみのみやのさだあつしんのう)の自筆(自筆)切

「海外展示品」・「杉田玄白・仙台藩医・木村寿禎旧所蔵」

《室町時代・天文12年(1543)「和泉式部日記」伏見宮貞敦親王・自筆》



自筆下部の印は、杉田玄白の落款、上部の印は、仙台藩医・木村寿禎の落款です。

額縁周辺と輪郭に濃淡があるように見えるのはストロボの影響によるものです。

「和泉式部日記」について

「和泉式部日記」は、和泉式部によって記された日記であり、「紫式部日記」と並び称される女流文学の代表的作品である。
長保5年(1003)冷泉天皇の第四皇子敦道(あつみち)親王と交際し、のち恋愛関係となり同年12月18日に和泉式部を召人(めしうど)のとして邸にすむ。「和泉式部日記」は、長保5年(1003)4月から寛弘元年(1004)1月までの数カ月の出来事が記されている。


「額縁入原本」

(自筆表面の凹凸はストロボの反射によるものです。)

「自筆原本」

《原本中の凹凸はストロボの影響によるものです。》

原本が「自筆切」とされたのは江戸時代。古切
に至る詳細な経緯は下記「希少価値欄」に記載

「和泉式部日記」の「自筆切(断簡)」


天文12年「和泉式部日記」の自筆は、精緻な和紙の製紙技術と共に精密な筆写の技術が、海外において高く評価されております。その技術を解析・分析するために海外の研究機関において「断層(MRI)写真」撮影等による新技術による分析・検査・証明が行われた後、一般の展示に付されたものです。

出品した自筆は、アメリカで撮影された下記「断層(MRI)写真」においてわかる通り、微細な曲線をも精緻に描いた極めて美しい芸術性の高い日本語の優れた文字としても高い評価を受けております。「和泉式部日記」がアメリカの多くの美術館で展示されているのはこうした背景と理由によるものです。


(Ⅰ)・出品した「和泉式部日記」自筆の「原文の読み下し文」は次の通りです。



《「和泉式部日記」》
・・・・のふたかれは、そのれはいのいと、しのひてゐておはします。此(この)ころは四十五日の御方たかへせさせ給(たまふ)とて、
御いとこの三位の家におはします
れいならぬ所にさへあれは、「みくるし」と聞(きこ)ゆれと、しゐてゐておはしまして、御車(くるま)なから人もみぬく・・・・

(訳・文責・出品者)

「読み下し文」は、平易にするために「通行訳」としている。

(Ⅱ)・出品した「和泉式部日記」自筆の「原文の現代語訳文」は次の通りです。

 
《「和泉式部日記」》
《室町時代・天文12年(1543)「和泉式部日記」伏見宮貞敦親王・自筆「和泉式部日記」》
《第十六段・きめこまやかな愛の文の贈答》
  《その日も夕暮れになりましたので、宮(冷泉天皇の皇子・敦道親王)はおいでになり、式部の家の方が》・・・・方塞(ふた)がりなので、目立たないように式部邸から連れ出しなさいます。
この頃は、四十五日の忌を避けようとなさって、宮(冷泉天皇の皇子・敦道親王)は、従兄に当たられる道兼息兼隆(従三位右中将)邸にいらっしゃいます。
それでなくてさえ物慣れない場所に行くことになりますので、
(和泉式部)「見ぐるしいことです。」
と式部は申し上げますが、宮(冷泉天皇の皇子・敦道親王)はむりやり連れていらして、式部を車に乗せたまま、誰の目にも付かない車・・・・《宿りに車を引き入れて、式部を置いたまま宮(冷泉天皇の皇子・敦道親王)だけがお邸にお入りになりましたので、車の中に取り残された式部は、ひとりさみしい、と思います。》

現代訳・出典・日本古典文学全集「和泉式部日記」(小学館・刊)

「自筆の拡大断層(MRI)写真」


MRI-IZUMI SHIKIBU NIKKI-67710-1543-37-1

上記「断層画像写真」の印は、杉田玄白の落款です。


上の「断層画像写真」は、科学的で客観的な分析データを重視するアメリカの航空宇宙局(NASA)の技術による「断層画像写真」です。「断層画像写真」によって、自筆切の詳細を知ることができます。
NASA(アメリカ航空宇宙局)の優れた技術である「断層画像写真」撮影を通して、日本の優れた伝統技術をアメリカ国内において広く知らせているものです。原本中の印が仙台藩仙医・木村寿禎の所蔵を示す落款(印譜)です。

「額縁裏面のラベルの表示と和泉式部の絵」

海外展示の基準に準拠し、額縁の裏面に下記ラベル(上の写真)を貼付します。

額縁裏面ラベルの「IZUMI SHIKIBU NIKKI・1543」は、アメリカの大学
及び、アメリカの美術館展示のための「仕様基準」に基づき表記されたものです。

上の写真の絵は、狩野探幽・筆「和泉式部」東京国立博物館所蔵
国書総目録の記載事項
「和泉式部日記」自筆の日本国内の所蔵先は「国書総目録」第一巻190頁に記載されております。

自筆は、出品分以外に宮内庁書陵部(略称「宮書」)や京都大学等で所蔵されております。

(疎明資料と参考資料)

下の写真の右端は、宮内庁書陵部所蔵「和泉式部日記」写真。
写真中央が出品自筆の「表紙」、左端は、自筆の「末尾」の写真。



上の写真3枚のうちの右端は、宮内庁書陵部所蔵「和泉式部日記」(三条西隆・自筆)写真(出典・小学館「和泉式部日記」口絵・冒頭部分)

上記写真中央の写真は表紙。タイトルは「和泉式部物語(和泉式部日記)」となっている。左端の写真は、原文末尾の部分「女御殿の御ことば、さしもあらじ、書きなしなめり。」の後に「天文十二年(1543)」の「年号」を記した奥書。
年号の下の三つの印のうち、一番下が杉田玄白の落款、杉田玄白の上の二つの印は、仙台藩医・木村寿禎の落款です。
自筆の墨質・紙質、及び「来歴」から、本文の「和泉式部日記」は、「天文十二年(1543)」に書き終えたものと推定されている。丁寧に書いていることを考えると数ヶ月の日時を要したとする説もある。「天文十二年(1543)」には、「和泉式部日記」とあわせ「紫式部日記」も書かれている。


出品者の家で代々所蔵している天文12年(1543)「和泉式部日記」自筆切を出品
商品説明 出品した「和泉式部日記」の題名としては鎌倉時代から「和泉式部日記」と「和泉式部物語」の二系統があります。出品した「和泉式部日記」の原題は「和泉式部物語」ですが、現在では「和泉式部日記」が通用しているため出品に際しては「和泉式部日記」を用いた。
出品した「和泉式部日記」は、天文12年(1543)の自筆〔自筆切〕です。「自筆切」は、「断簡」とも言います。「和泉式部日記」の自筆は、その内容・体裁・態様から伏見宮邦高親王(ふしみのみやのくにたかしんのう)自筆本を写したものであることがわかっております。「天文十二年」の奥書及び本文の筆跡から自筆の筆者は、伏見宮邦高親王の王子・伏見宮貞敦親王(ふしみのみやのさだあつしんのう)であることがわかります。「天文十二年(1543年)」は、伏見宮貞敦親王が天文14年(1545年)に出家する2年前。貴重な「和泉式部日記」自筆切を身近なものとして鑑賞することができます。

「伏見宮邦高親王」について
伏見宮邦高親王(ふしみのみやのくにたかしんのう)は、貞常親王第一王子で、室町時代後期の皇族。康正2年(1456)~享禄5年(1532)。式部卿。

「伏見宮貞敦親王」について
伏見宮貞敦親王(ふしみのみやのさだあつしんのう)は、伏見宮邦高親王の第一王子で室町時代後期、戦国時代の皇族。長享2年(1488年)~元亀3年(1572))。中務卿、式部卿。永正元年(1504年)に親王宣下。

天文12年(1543)には、出品した「和泉式部日記」と合わせ、「紫式部日記」が写されております。二つの日記は、書体、書風を若干変えております。「和泉式部日記」の方がのびのびとして記されているという研究者の意見があります。

海外では、「和泉式部日記」の自筆は現存せず木版本としてイギリス・ロンドン大学に1部現存
ロンドン大学(University of London)の所蔵記録は下記の通り。

TitleIzumi Shikibu monogatari
Author editor illustrator/Izumi Shikibu
University of London登録番号/EFDB.913.35/55861

自筆 自筆切の稀少価値は、和紙の生成技法の緻密さにあります。上の「拡大断層(MRI)写真」でわかる通り、極めて薄い和紙の上に墨の文字がくっきりと浮き上がるように「和泉式部日記」の和歌が記されております。
出品している自筆の「断層(MRI)写真」の原板は、レントゲン写真と同じ新聞一面(片面)ほどの大きさのフィルムです。肉眼では見ることのできない和紙の繊維の一本一本のミクロの世界を見ることができます。日本国内では医療用以外には見ることのできない自筆の「断層(MRI)写真」です。
自筆切は、一旦表装を剥離し分析と鑑定検査のために「断層(MRI)写真撮影」をしております。撮影後、展示のために再表装をしております。掛軸や屏風にすることが可能なように、「Removable Paste(再剥離用糊)」を使用しているため、自筆に影響をあたえずに、容易に「剥離」することができるような特殊な表装となっております。
断層写真 従来、日本の古美術の鑑定の際の分析・解析は、エックス線写真、赤外写真、顕微鏡が中心です。一方、アメリカやイギリスでは研究が進み和紙の組成状況を精確に分析・解析をするために断層(MRI)写真が利用されており、今回の出品に際し、「断層(MRI)写真」を資料として出しました。本物を見分けるための欧米の進んだ分析・解析技術を見ることができます。
自筆の識別 ①・自筆の筆者の識別方法について
 国内における鑑定人は、自筆の筆者を識別するために、個々の文字ごとに字画線の交叉する位置や角度や位置など、組み合わせられた字画線間に見られる関係性によって、個人癖の特徴を見出して識別する方法、また個々の文字における、画線の長辺、湾曲度、直線性や断続の状態、点画の形態などに見られる筆跡の特徴によって識別する方法、そして、書の勢い、速さ、力加減、滑らかさ、などの筆勢によって識別する方法が一般的な手法です。
一方、欧米では一般的には、「筆者識別(Handwriting Analysis)」と呼ばれる文字解析をコンピューターの数値によって解析しております。数値解析は、文字の筆順に従いX、Y座標を読み、そのX、Y座標をコンピューターへ入力後、コンピューターによって多変量解析を行うものです。解析の基準となるのが「ドーバート基準」で、アメリカでは日本国内の画像データを自動的に収集、自筆の分析に際し、数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって筆者を識別する研究が進んでおります。

②・筆跡について
欧米では、筆跡の細部を検証するには人間の目ではなく、指紋の照合と同様アメリカではコンピューターが利用されております。資料として断層画像写真を出品欄に掲示しております。
伏見宮貞敦親王の自筆と判断された理由は、国内・国外に現存する伏見宮貞敦親王の自筆の画像を収集し1文字を30センチ程度の大きさに拡大し、指紋の照合方法と同じように前記数値データをコンピューターで自動的に解析し「極似」した画像データによって識別されたものです。人の目による鑑識眼を重視した日本国内の鑑別の方法とは大きくことなっております。その一端は、出品欄に掲示している断層画像写真からもうかがい知ることができます。

寸法 自筆の大きさ タテ27.2センチ ヨコ8.4センチ。額縁の大きさは、タテ40.0センチ ヨコ30.0センチです。
極札 「極札(きわめてふだ)」あるいは、「(極め札)」は、「極付(きわめつけ)」と同じ意味です。古来、鑑定の目的で添付される「極め札(極付)」は、「折り紙」でありましたため、「折り紙付」とも称されました。「極め札」を「極付(きわめつけ)」とも称するのはこうした理由によるものです。本来は、「絶対的に正しい本物」という意味でしたが、時代が下るに従い、偽物が多く出回ったため、逆に「信頼性がない」という意味で「札付き」の言葉が生まれました。アメリカでは、電子顕微鏡や断層写真などの高度な先端科学技術を用いて判断をしているため「断層写真」が現代の「極め札(極付)」となっております。海外展示写真の脇に「断層写真」や「電子顕微鏡の写真」を掲示するのはこうした理由によるものです。落札の際、海外展示に準拠し上記「断層写真」を添付いたします。
稀少価値 出品した「和泉式部日記」自筆は、小さな断片です。このような断片を「古切」「断簡」といいます。貴重な和歌を断片化し、掛軸などに表装し鑑賞していたものです。「和泉式部日記」は、元来、冊子や巻子(かんす)で伝えられたものが、鑑賞用として「茶人」の好みにより鑑賞用として「茶会」用の「掛軸」、或いは屏風に仕立てられるようになりましたこれを「自筆切」といいます。 自筆切となったのは江戸時代であり、元々、杉田玄白の所蔵でした。後に仙台藩医・木村寿禎の所蔵となったものです。杉田玄白以前の所蔵者についてはわかっておりません。
HP 天文12年(1543)「和泉式部日記」の「自筆切」を 出品いたしました。出品以外の所蔵品を紹介した出品者のホームページ「源氏物語の世界」をご覧ください。

ツイッター「源氏物語の世界」 も合わせてご覧ください。

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