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歴史的文書【バスケットボールルール仏語版1892年】ネイスミス著 ヨーロッパに初めて普及したフランスの超稀珍品なバスケットボールルール

商品説明
バスケットボールルール「Regles pour le Basket-ball」仏語版、ジェイムズ・ネイスミス著(James Naismith)1892年発行の出品です。

―謹啓 親愛なるあなたへー

【創案当初の1892年バスケットボールルールフランス語版】

本商品は、バスケットボールの考案者で体育教育者として大変著名な、ジェイムズ・ネイスミス氏(James Naismith、1861~1939)が、一番初めにバスケットボールに関する13条のルールを創案し(元は英語、13条のルール以外のことも書かれていて、ちなみにネイスミス氏がバスケットボールのルールを一番初めに広報誌に発表したのは1892年)、 1892年、ヨーロッパ(ヨーロッパで一番初めに普及したのはフランス)に初めてバスケットボールが普及する際に、英語からフランス語に翻訳された大変珍しい、バスケットボール初期の13条ルールに関するフランス語版オリジナル文書であります(ネイスミス氏がフランス語に翻訳したわけではなく、別の方がフランス語に訳したものであり, 単行本ではなく完全なる文書です、本商品の表紙・1ページ目に1892年の記載があります)。

本商品の表紙に、書類名「Document I.N.S」、題名(「Regles pour le Basket-ball」、英語に訳すと「Rules for Basket-ball」)、著者名(James Naismith)、発行年(1892年)、ナンバー「NO.456」、カテゴリー「basket-ball」などの記載があり(本商品は、書類名から分かるように、国際的な文書の一種であり、本商品が「basket-ball」とカテゴライズされているように、「Document I.N.S」には様々な分野の国際的な文書が存在することが想定され、それらの中で、本商品は国際的な「basket-ball」文書の一種であり、ナンバー「NO.456」はそれぞれ一種の文書に割り当てられた番号だと考えられ、本商品がいくつも存在することは考えにくいです)、全部で10ページから成り(表紙は含めず)、ホッチキス止めにされていて、文字はタイプライターによって打たれたものになります。
ドキュメント(文書)ですから、保存を意識してか、高級感漂う紙を使用している雰囲気です。

本商品には、ネイスミス氏が一番初めに発表したバスケットボール13条ルールはもちろんのこと、選手のポジションの図、フィールドやゴールに関すること、バスケットボールの概略などが書かれております(表紙・1ページ目に1892年の記載があります、後程説明しますが、ネイスミス氏がバスケットボールのルールを一番初めに広報誌に発表したのは1892年)。
本商品は、単行本ではなく、永久保存するような完全なる文書であり、バスケットボール初期の13条ルールに関する1892年発行のフランス語版オリジナル文書と言う(表紙・1ページ目に1892年の記載があります)、大変貴重なものであります。


【バスケットボール創案者ネイスミス氏と、バスケットボール誕生の経緯】
カナダ生まれのJ.ネイスミス氏は、小さいときに両親を亡くし、苦学しながらも当初は牧師を目指しておりました。
やがて、モントリオールのマッギル大学に入学し、大学時代にはアメリカンフットボールにはまり、すっかりスポーツに没頭しておりました。

そんな折に、ネイスミス氏は、モントリオールのYMCAを訪れ、今後の進路について相談し、そこでアドバイスを受け、大学卒業後、神学校に進学しました。

牧師としての活動だけでなく、スポーツを通しての社会貢献をするがために、何かしらの道を模索し続けていた、ネイスミス氏は神学校卒業後、前述のアドバイス通り、直ちにアメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドに向かい、YMCAにおける夏期講習を経て、国際YMCAトレーニングスクールの体育部担当スタッフ養成科(2年制)に入学するに至ります。

先程から、YMCAと言う単語が出てきておりますので、ここでご説明致します。
YMCAとは、1844年にイギリス・ロンドンで生まれた「キリスト教青年会」のことで、1861年にはアメリカ・ボストンにも設立されます(YMCAとは、キリスト教主義に立ち、教育・スポーツ・福祉・文化などの事業を展開する非営利公益団体のことを指します)。

それをきっかけにアメリカ国内で急速にYMCAが社会に浸透し(年齢問わず誰でも入会可能で、支援が要る方なら誰にでも手を差し伸べたらしい)、増え続けるアメリカ国内のYMCAから、管理運営を担当するスタッフの育成を数多く要望されて、そこで1885年にマサチューセッツ州スプリングフィールドにスタッフの育成を目的とした一般事業担当スタッフ養成科(当初はキリスト教奉仕者学校と言う名前であった)が設立されるに至ります。

しかしながら、YMCAの会員たちの体育・スポーツへの志向は強まるばかりで、いつのまにかYMCAはその当時の貴重な社会体育・スポーツ施設の役割を担っていくわけです。

こうした流れから、体育・スポーツを専門的に担当するスタッフの養成を熱望されるようになり、そこで1887年に新たに体育部担当スタッフ養成科を設け、校名もYMCAトレーニングスクールとなり、さらに1891年には国際YMCAトレーニングスクール(現在はスプリングフィールド・カレッジ)と名称が変更されるに至ります。

前述したように、ネイスミス氏は、YMCAの体育部担当スタッフ養成科に入学し、そこの学科長であるL・H・ギューリック氏(体育学・宗教学・医学に造詣が深い)から大きな影響を受け、ネイスミス氏自身もギューリック氏に関して「人生で感化を受けた数少ないうちのひとりで、どのような仕事に携わっていくべきかということだけではなく、自分の生き方そのものに計り知れない示唆を与えてくれた人だ」とおっしゃっております。

1891年に国際YMCAトレーニングスクールを卒業したネイスミス氏は、そこのインストラクターとして採用され、心理学・聖書研究・体育実技など担当し、かなり熱心に学生を指導していたようです。
同じく1891年の夏に、国際YMCAトレーニングスクールで、全米各州のYMCA体育・スポーツ担当スタッフを集めて、夏期講習会が開催されました。

そこでは、集まった指導者から、体育館で行われる冬季講座に来ている会員たちが体操中心の内容に全く関心を示さなくなっているという苦情が数多く報告され、従来の体操にとって代わる冬季の屋内種目として、これまでにないスポーツ種目が必要であり、冬になるまでにそれを準備しないといけないという事態になっておりました(冬は寒くて外でスポーツができないことから、冬でも屋内でできる、体操にとって代わるスポーツが求められていた)。

こうした緊急事態の中で、言うまでもなく、バスケットボールは、1891年秋にアメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドの国際YMCAトレーニングスクールの教師、ジェームズ・ネイスミス氏によって創案されたものであります。

屋外のスポーツが出来なくなる秋の終わりから冬にかけて、体育館でも実行可能で十分な魅力を持つ新しいスポーツを創案するように、前述したL・H・ギューリック氏から命じられて、ネイスミス氏は次のような考えを元に考案に着手しました。

1.軽く両手で持てる程度の大きさのボールを使用する。
2.ボールを保持したままで走ることを禁止する。
3.ゲーム中は、いつでも誰でもボールをプレー出来るようにする。
4.コート内ならどこでプレーしてもよい。
5.プレー中の身体接触は一切禁止する。

こうしたコンセプトを元に、サッカー・ラクロス・アメリカンフットボールを室内でゲーム化できるかどうか試みましたが、ことごとく失敗に終わりました。

しかしながら、アメリカンフットボールのタックルを除去することを思いついたのがきっかけとなり、さらに少年時代に故郷(カナダ・オンタリオ州アルモント)でよく遊んだ「岩の上の鴨」という遊びをヒントにして、ついに水平のゴールを頭上の高い位置に設置して、お互いのチームがそれに目がけてシュートしあうという今までのゲームにはない新しい形式のボールゲームを生み出したわけです、まさにバスケットボールの誕生です。

実際に学生にいろいろと試させて試行錯誤したわけですが、そのうち考えがまとまって、その上でバスケットボールの13条のルールにまとめた所要時間は、だいたい1時間程度だったそうです。

前述したように、ネイスミス氏が考え出した内容をメモに書き留めると、全部で13項目になったわけであり、それがそのまま「13条ルール」になりました。

ネイスミス氏はそれを事務室の職員にタイプライターで打ってもらい、体育室の掲示板にそれをピンで留めたそうです(13条ルールは2枚の紙から成るものです、これに関しては後程触れます)。
以下がバスケットボールの13条ルールです。

(参考)バスケットボール13条ルール
1.ボールはサッカーボールを使用し、片手あるいは両手で、どの方向にパスしても良い。
2.ボールは片手、あるいは両手でどの方向にたたいても良い。ただし、こぶしで叩くのは禁止する。
3.プレーヤーはボールを保持したまま走ることはできない。また、ボールをキャッチした地点からパスしなければならない。かなりのスピード で走っているときにボールをキャッチした場合、もし、ストップしようと努力しているならば一、二歩程度は許されることもある。
4.ボールは両手で保持しなければならない。両腕やからだを用いてはならない。
5.どのような方法であれ、相手を小突いたり、捕まえたり、押したり、つまずかせたり、たたいたりすることは許されない。この規則の第1回目の違反は1個のファウルとする。2回違反を犯した場合は次のゴールが成功するまで退場とする。もし、故意に相手を傷つけようと するようなプレーであるとみなされた場合はゲーム終了後まで退場とする。
6.第2~第5条で述べたことに1回違反を犯すごとに、1個のファウルとする。
7.両チームのどちらかが連続して3個のファウルを犯すと、その相手チームに1ゴールを与える(「連続」とはその間に相手チームがひとつもファールをしないという意味である)。
8.ボールがスローされるか、あるいは、タップされてバスケット内に入ればゴール成功である。もし、ボールがバスケットの縁に止まったり、ショットしたときに相手がバスケットを動かしたりした場合もゴール成功とみなされる。
9.ボールがコート外に出た場合はその後に最初にボールを保持したプレーヤーなら誰でもスローインできる。そのとき、スローアーは5秒間だけ相手チームから妨害されないでボールを保持するを許される。もし、どちらのチームのボールとなるか判定がつかないときは副審がその位置からコート内にスローインする。スローインのさいに5秒間を超えるとボールは相手側に与えられる。また、スローインのさい、どちらかのチームがゲームを遅らせようとした場合、副審はそのチームファウルを宣告する。
10.副審はプレーヤーを審判し、ファウルを記録し、連続3回のファウルが合ったときは主審にこれを知らせる。主審は第5条によってプレーヤーを失格させる権限を有する。
11.主審はボールをめぐるプレーを判定し、いつボールがインプレーとなるか、インバウンズとなるか、どちら側のチームにボールがあたえられるのかなどを決定する。また、競技時間を計る。さらに、ゴール成功を確認し、その回数を記録する。これらに加えて、他のゲームで 主審がいつも担っているような任務も務める。 
12.競技時間は15分ハーフ制とし、5分間のハーフタイムを置く。
13.ゴール成功の多かったチームのほうが勝者となる。もし、同点の場合は両チームのキャプテンの同意のもとに次のゴールが成功するまでゲームを続ける。

そして、1891年12月21日に、国際YMCAトレーニングスクールの体育館において、史上初のバスケットボール・ゲームが行われ、この試合には当時国際YMCAトレーニングスクールに留学中だった群馬・館林藩出身の石川源三郎氏も参加しており、つまり、日本人がバスケットボール誕生の瞬間に関わったことになるわけです。

この"新しいゲーム"は、国際YMCAトレーニングスクールの体育館の壁に取り付けた桃籠の中にサッカーボールを投げ入れることから始まり、当初は、ゴールには45cm四方大の箱を用いることを考えておりましたが、そもそもそのような箱がなく、たまたま桃を入れる籠があったのでそれを使用したわけです。
また、ゴールの高さはちょうど3.05mで、以後、一度も変更はなく、今現在もこの高さのままであります。

史上初のゲームを行ったのは、国際YMCAトレーニングスクールの一般事業担当主事養成科クラスの18人の学生で、これを9人対9人の2つのチームに分け、センタージャンプでゲームをスタートさせ、ネイスミス氏が考案した13条のルールに基づいて行われましたが、ラフプレイに終始し、反則が相次ぎ、まさに乱戦だったようです。

史上初のバスケットボール・ゲームが行われた時、このゲームの名称はまだ決まっていなかったので(まだバスケットボールと呼ばれていなかった)、フランク・マーンと言う学生が、「籠」と「ボール」を用いるゲームと言う理由で、「バスケットボール」と言う名称を提案し、ネイスミス氏もそれに同意したので、以後この"新しいゲーム"は「バスケットボール」と呼ばれることになったわけです(1892年1月に正式にバスケットボールと言う名称が使われるようになった)。

ところで、その当時、国際YMCAトレーニングスクールでは、「ザ・トライアングル」(The Triangle)と言う広報誌が発行されておりました。

ネイスミス氏はクリスマス休暇明けに出版された、「ザ・トライアングル」(The Triangle)1892年1月15日付号に「バスケット・ボール」(Basket ball)と題して、このゲームのことを詳細に紹介し(13条のルールを含めて)、この広報誌は全米各地のYMCAに送られていたことから、YMCAと言うネットワークを通じて、新しいゲームのことは、全米津々浦々に伝わったわけです。

バスケットボールが登場してから、国際YMCAトレーニングスクール内の反響は大きく、1892年3月11日には早くも教員対学生のゲームが行われております。

なお、当初、バスケットボールの英語での表記は「Basket-ball」でありましたが、1921年に公式に「Basketball」となっております(本商品は、1892年発行なので、Basket-ballと表記されております)。


【バスケットボールの普及】
前述したように、アメリカ国内ではYMCAというネットワークを通してバスケットボールが普及していきましたが、国際的なバスケットボールの普及に関しても、YMCAルートが果たした役割は大きかったわけです。

例えば、1891年にカナダ、1892年にフランス、1894年にイギリス、1895年にオーストラリア、1896年にブラジル、1898年に中国、1901年にシリア、1904年にヨーロッパ中・南部、チェコスロバキア、ドイツ、1906年にアラスカ、キューバ、1908年に日本、ハワイ、1910年にフィリピン、1912年にアルゼンチン、ウルグアイ、1913年にプエルトリコ、1924年にトルコ、1925年にエジプト、1926年にジャマイカと言う順に普及していきました。

ヨーロッパにおいて、初めてバスケットボールが普及したのは、フランスでしたが(1892年)、アメリカ・マサチューセッツ州スプリングフィールドの国際YMCAトレーニングスクールにおけるインターンシップでバスケットボールの原理を学び、それを実践してきたB. Rideout教授が(B. Rideout教授はパリのキリスト教系大学の体育教育者、YMCAと関わりがあるようです)、1892年にフランスにおいて初めてバスケットボールを学生に紹介し、翌年の1893年12月27日にヨーロッパ(フランス)で、初めてバスケットボールの試合が開催されたわけです(開催された場所は、パリのキリスト教系の大学体育館)。

ところで、1917年、ネイスミス氏は、第一次世界大戦の支援業務でフランスに赴きましたが、翌年の1918年、パリの書店でバスケットボールのルールの本を見つけ、その発行年を見ると1897年だったそうです。

このように、ヨーロッパにおけるバスケットボールのルール本が初めて発行された年が、1897年とされている所以でありますが、本商品は、表紙や中味をご覧になればわかるように、1892年と記載されております。

1892年とは、ネイスミス氏が、国際YMCAトレーニングスクールの広報誌「ザ・トライアングル」(The Triangle)でバスケットボールについて初めて紹介した年であり(1892年1月15日号)、また、前述したように、ヨーロッパ(フランス)に初めてバスケットボールが紹介された年でもあります。

バスケットボールが編み出された1891年からヨーロッパでルール本(市販本)が初めて発行された1897年まで、6年間の隔たりがありますが、その間にバスケットボールのルールが改訂されていることもあるので、1897年発行のルール本は、一番初めに発表されたものとは(国際YMCAトレーニングスクール広報誌「ザ・トライアングル」に発表されたのは1892年)、もしかしたら内容的に異なるでしょうし、原型をとどめていない可能性もあります。

しかしながら、本商品は、ヨーロッパ(フランス)に初めてバスケットボールが伝わった1892年発行の文書なので、国際YMCAトレーニングスクール広報誌「ザ・トライアングル」においてバスケットボールが発表された内容と重複するでしょうし(バスケットボールが世界で初めて公に発表された内容)、初めて英語からフランス語に訳された、オリジナルのフランス語版そのものであるわけです(英語を読める人間が数多く存在しているのに対してフランス語を読める人間は限られていると言う意味で、英語からフランス語に訳されている難点はありますが、初めてヨーロッパ(フランス)にバスケットボールが普及する際の歴史的文書ですし、ましてやこうした初期文書はほとんど残っていないでしょう)。


【ネイスミス氏のオリジナル「13条ルール」が約4億9000万円で落札】
これは余談ですが、先程、前述したように、「ネイスミス氏は、自身が考え出したバスケットボールの「13条ルール」を事務室の職員にタイプライターで打ってもらい、体育室の掲示板にそれをピンで留めた」と言う話をしましたが(「13条ルール」は2枚の紙)、実は、そのネイスミス氏のオリジナルの「13条ルール」(2枚の紙)が、2010年12月に世界的なオークションであるサザビーズにおいて出品され、大変貴重な商品であることからもわかるように、何と、米ドル$4,338,500で落札されたそうです(1ドル=113円で計算すると、日本円にして4億9025万0500円になります)。

落札したのは、アメリカの投資家であるカンザス大学OBのデビッド・ブース氏で(ブース氏は、ネイスミス氏とゆかりのあるカンザス大学のOB)、落札された商品は、ネイスミス氏が初代のバスケットボール部監督を務めたカンザス大学に寄贈されたそうです。

落札した投資家のブース氏は、その文書が信じられないほどの重要な文書であり、落札した値段以上の価値があるとし、その文書はネイスミス氏とゆかりのあるカンザス大学が保管すべきと考えていたようです。
ブース氏にしてみれば、ネイスミス氏のオリジナルの文書だからこそ、この値段以上の価値があると考えていたわけですし、この値段で取引されるのは当然なのでしょう。


【再度、本商品に関する説明】
繰り返しますが、本商品は、バスケットボールの考案者で体育教育者として大変著名な、ジェイムズ・ネイスミス氏(James Naismith、1861~1939)が、一番初めにバスケットボールに関する13条のルールを創案し(元は英語、13条のルール以外のことも書かれていて、ちなみにネイスミス氏がバスケットボールのルールを一番初めに広報誌に発表したのは1892年)、1892年、ヨーロッパ(ヨーロッパで一番初めに普及したのはフランス)に初めてバスケットボールが普及する際に、英語からフランス語に翻訳された大変珍しい、バスケットボール初期の13条ルールに関するフランス語版オリジナル文書であります(ネイスミス氏がフランス語に翻訳したわけではなく、別の方がフランス語に訳したものであり, 単行本ではなく完全なる文書です、本商品の表紙・1ページ目に1892年の記載があります)。

本商品の表紙に、書類名「Document I.N.S」、題名(「Regles pour le Basket-ball」、英語に訳すと「Rules for Basket-ball」)、著者名(James Naismith)、発行年(1892年)、ナンバー「NO.456」、カテゴリー「basket-ball」などの記載があり(本商品は、書類名から分かるように、国際的な文書の一種であり、本商品が「basket-ball」とカテゴライズされているように、「Document I.N.S」には様々な分野の国際的な文書が存在することが想定され、それらの中で、本商品は国際的な「basket-ball」文書の一種であり、ナンバー「NO.456」はそれぞれ一種の文書に割り当てられた番号だと考えられ、本商品がいくつも存在することは考えにくいです)、全部で10ページから成り(表紙は含めず)、ホッチキス止めにされていて、文字はタイプライターによって打たれたものになります。
ドキュメント(文書)ですから、保存を意識してか、高級感漂う紙を使用している雰囲気です。

本商品には、ネイスミス氏が一番初めに発表したバスケットボール13条ルールはもちろんのこと、選手のポジションの図、フィールドやゴールに関すること、バスケットボールの概略などが書かれております(表紙・1ページ目に1892年の記載があります、繰り返しますが、ネイスミス氏がバスケットボールのルールを一番初めに広報誌に発表したのは1892年)。

本商品は、単行本ではなく、永久保存するような完全なる文書であり、バスケットボール初期の13条ルールに関する1892年発行のフランス語版オリジナル文書と言う(表紙・1ページ目に1892年の記載があります)、大変貴重なものであります。

本商品は、以前、フランスの古書店で購入したものです。
フランス語はあまり読めませんでしたが、英語版の規則集などと照らし合わせながら、時には辞書を何度も引き引き、四苦八苦しながらも読んだのを今でも覚えております。
今現在、将来的な引っ越しに備え、蔵書など、いろいろと整理している最中のため、今回、出品した次第です。

何度も繰り返しますが、本商品は、フランス語で書かれているため、フランス語を読めないあなたにとっては読むのに多少面倒に感じるかもしれません。

ただ、今現在は、ネット上で翻訳サイトもあり、それを利用してフランス語を英語に翻訳すると、これらの言語に割と親和性があるためか、割と読みやすい英語に変換されるため、英語が読めるあなたでしたら、是非この方法で読んでみることをおススメ致します(翻訳サイトを利用してフランス語から日本語に翻訳すると、とても理解不能な日本語になるので、仏語→英訳で読むことをおススメ致します)。

【本商品を落札する意味】
ところで、我々は物を買うときに何を優先するでしょうか?
値段の高低や、機能性、信頼度の高さ、ネームバリューなどなど、人それぞれの優先順位があると思います。
モノを買うときはお金が必要で、お金は実際に紙幣や貨幣とが存在するように有形のものでありますが、本当にモノの価値がわかる方は無形のものを大切にします。
無形とは、先程前述したお金と違って、目に見えないものですが、価値を誘発するものであります。

例えば、I-phoneやI-padなどのアップルの製品が世界で席巻するのは、その機能性が優れているからではなく、もはや目に見えない無形なもの、例えばアップルを取り巻くストーリーやコンセプトに共感できるなど、何かしらその商品に付随するものに魅力を感じさせるものがあるからです(2017年に500億円で落札されたダ・ヴィンチの絵画を初め、超高額で落札される絵画などの美術品もそれらに付随する何かしらの無形の価値があるわけですね)。

話を本商品に戻して、本商品は別段機能性に優れているものでもなく、一般的にはただのバスケットボールルール文書と思われるかもしれません。
しかしながら、本商品は、世界中の人々を魅了するバスケットボール創設当初のルール文書であり、こうしたバスケットボールに関わった歴史的な人物のストーリーや、今までの歴史的な積み重ねを有する、他にはないドラマが詰まったものであります。

言うなれば、本商品はルール文書として存在する有形でありながら、歴史的な積み重ねなど目に見えない無形なものがたくさん詰まったものです。

無形が有形を生み出すことを考えれば、長期的な視点からして、本商品は面白い投資になりますね(例えば、目に見えない信頼、人間関係や知識などがお金などの有形を生む)。

本商品を購入すれば、現在とは違った、生み出された当初のバスケットボールのルールやコンセプトがよく理解できますし(現在と変わらない部分もありますが)、現在と当初のルールを比較検討してみることで、今まで気づかなかったことに気づいて、逆に新鮮さを覚えるでしょうし、何かしら大きな発見があることでしょう。

バスケットボールと言うと、すぐに発祥地のアメリカやNBAを思い浮かべると思いますが、実際は世界的にも普及している人気スポーツであり(全世界のバスケットボール人口は約4億5000万人、世界で一番普及しているスポーツ)、バスケットボールが生み出された当初の文書や、普及していく過程を知る手掛かりとなる資料も、実のところそれほど存在しないでしょうから、こうしたバスケットボール初期の普及を指し示す資料は、もちろん資料的価値が高いですし、ほとんど世の中に残っておりませんから、やはり今後とも人類の宝として残すべきではないでしょうか(特に、アメリカ以外の貴重なバスケットボール文書はほとんど残っていないのではないでしょうか)。

そうした意味では、本商品を落札することは、バスケットボール文化、押し広げればスポーツ文化を更に発展させ、その文化に社会貢献する一人の担い手になることをも意味するわけです。

今回出品するにあたり、世界的なオークションサイトの過去のデータを調べてみたのですが、ネイスミス氏関連ですと、手紙やはがき、先程触れたオリジナルの13条ルールなどと言った文書(英語)がごくわずかに出ているのみで、ましてや、本商品のように英語以外の言語バージョンの初期の13条ルールは過去に出品された例がなく、そうした意味では、本商品は、大変珍しく、極めて貴重な商品であります。

先程触れた、ネイスミス氏の超高額文書にしても(米ドル$4,338,500、1ドル113円で計算して、日本円にして4億9025万0500円で落札される)、投資家が落札して、そして、その文書がネイスミス氏とゆかりのあるカンザス大学に寄贈されると言うのは(落札した投資家はカンザス大学OB)、何かドラマティックですし、落札者であるその投資家がこうしたものに投資すると言う慧眼に対して称賛すべきでしょうし(ただ単に目先のお金儲けではなく、先を見越した将来的なことを視野に入れた(今後、ますます価値が増していって、なお一層光り輝いていく商品)、こうした確かな目があるからこそ、落札した投資家は大金持ちなわけです)、こうした意味で、本商品が、どれだけの価値があるかを理解できて、提示されている値段に左右されずに、ニュートラルな心持ちで、総合的に判断できる賢明なあなたに落札していただきたいです。

バスケットボールに興味ご関心のあるあなた、バスケットボールを愛してやまないあなた、バスケットボールが生み出された当時の文書を読んでみたいあなた、スポーツ文化に関わっているあなた、フランス語を読めるあなた、何かしらフランスに関わっているあなた、様々なものに投資をしているあなた、バスケットボール関係者のあなた、YMCA関係者のあなた、貴重なバスケットボール文書を集めているあなた、世にも珍しい貴重品を集めている真のコレクターのあなたでしたら、お役に立ちますし、必ずやご満足していただけますし、自信を持っておススメ致します。

【追伸】
前述したアメリカの投資家が、ネイスミス氏の超高額文書(バスケットボールルール)を落札したように(米ドル$4,338,500、1ドル113円で計算して、日本円にして4億9025万0500円で落札される)、本質を見極められ、本商品の価値がわかる方にはわかるわけですから、よって、値下げは全く考えておりませんし、この値段で落札されなかったら、出品を取りやめようと考えております。
申し訳ございませんが、値下げを期待されている方は諦めてください。
それだけ価値がある商品ですし、値段に左右されずに、ニュートラルな気持ちで、本商品の価値をわかってくださるあなたに落札していただきたいです。
落札できる方は、相当限られてきますが、お取引ができることを心から楽しみにしております。

あなたは何かしらの志を持っているかと思います。
昔と比較して、今現在、インターネットやSNSなどの普及などにより、一個人が何かしらの影響力を持つことが可能な時代になっております。
一個人の発言が、場合によって世界を席巻したり、影響力を及ぼすわけですね。

本商品は、世界中の人々を魅了してやまないバスケットボール創設当初のルール文書と言う(フランス語版)、唯一無二な未だかつて出品されたことのない銘品であります。

このバスケットボールルール文書は、世界中探してもどこにもありません。

こうした永らく連綿と続いてきたバスケットボールルール文書は世界に誇るべきものであり、文化遺産として永続的に守るべきものです。

本商品を守るのに相応しいのは、志を持った、日本を、いや、世界を動かすあなたです。
世界でもトップクラスのあなたが持つべきものです。

あなたが、世界を動かす気概を持ち、先頭に立っていくその使命感をお持ちでしたら、落札されることを強くオススメ致します。

本商品を手にした瞬間に、他にはないオーラを感じ、あなたの魂が揺さぶられて、何かしら感じ入るものがあるはずです。

本商品を所有することで、きっとあなたの今後の人生のステージを飛躍的に上げてくれるような出来事に遭遇するでしょうし、本商品、バスケットボールルール文書自身があなたに相応しいステージに引き上げてくれることでしょう(モノや人間は波動を発しておりますし、モノによっては相当強い波動を発するものがあり、本商品はまさにその類)。

本商品を手にできるのは、世界でたった1人、あなただけです。

私はコレクターですが、本商品に関して世界最高峰だと自負しております。
これを世界的なオークションであるサザビーズやクリスティーズに出品しても良いと考えています。
私は色々なものを所有しておりますが、世界にただ一つしかない価値あるモノを出品したい気持ちが強烈にあって、他の出品者と同じことをしても全く意味がないと思っています。
自分にしかできない出品をして、志のあるあなたを喜ばせたい。
その一心で文章を書いて、出品をしております。
世界最高峰のモノを出品しているわけなので、こちらとしても数々の困難を乗り越えた百戦錬磨の、志を持った世界を動かすあなたに落札していただきたい。
そして、あなたが本商品を手にして笑顔になっている姿を目の当たりにしながら筆を置きます。

最後まで読んでくださり誠にありがとうございました。
心より感謝致します。
あなたの幸運を心からお祈り致します。
                                                                           ― 謹白 ―

【商品の状態】
経年による劣化により、文書そのものに、ヤケ、汚れ、角折れ(特に表紙)、折れ(特に表紙)、スレ、キズがあります。
表紙の上部に、前所有者の蔵書印が押されております。
永久保存するような雰囲気からか、ドキュメント(文書)に使用されている紙に関して高級感が漂っております(写真では実物をうまく捉えられていないのですが、紙の色に関して実際はクリーム色に近いです)。
また、所々に文字のインクの黒いシミも散見されますが(多少読みにくさがあるかもしれません)、それらが使用に差し障りのあることではなく、肝心の中味は書き込みやアンダーラインなどがなく経年の割に比較的良好ですし、まだまだ十分に読むことができます。

※なお、本商品の説明文を書くにあたり、水谷豊『バスケットボール物語』(2011年、大修館書店)や、日本語(ウィキペディアなどを含む)・英語・フランス語で書かれているバスケットボール関連サイト(新聞記事なども含む)や論文を参考にさせていただきました。
この場を借りて厚く御礼申し上げます。

注意事項
あくまで中古品であることをご承知ください。
ノーリターン・ノークレームでお願い致します。
なお、評価内容の悪い方のご入札をお断り致します。
評価内容の悪い方のご入札はためらわず「入札取消し」をします。
もし、新規の方で落札される意思がある方(落札から3日以内にご連絡が出来て、落札から1週間以内に代金の振込が出来る方)は、質問欄から記入(落札する意思があること)をお願い致します。
新規の方で何のご連絡もなくご入札された場合はためらわず「入札取消し」をします。

支払方法
・ヤフーかんたん決済

その他
本商品のような一生モノは滅多に出品されません。
中途半端なものを安くたくさん買うのか、それとも一期一会と言われるほど超高額で一生モノと言われる高級品を買うのかでは、自分が置かれているステージが全く別次元であることはご理解いただけると思います。
あなたが新たに高いステージに歩みたい時、高い次元にいる自分に変身したいならば、本商品をご購入されることを自信を持っておススメ致します。
本商品をご購入することで、自分が今までとは全く違うと実感できるでしょうし(別次元の高いステージに到達しているということ)、あなたが高い次元にいる自分にふさわしいように弛まない(たゆまない)努力をすることになるでしょう。
本商品は、それだけあなたの人生を変えてくれる商品です。

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高額商品のため、ゆうパックより更にグレードが高い、ゆうパックのセキュリティサービスでお送り致します。
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ちなみに、時間指定する場合、ゆうパックの配達時間帯は以下の通りです。

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